消費税の未来・シャウプの付加価値税とは何か?

ここに一冊の古びた雑誌がある。財団法人大蔵財務協会が発行した「ファイナンス・ダイジェスト」別冊特集号 「シャウプ勧告と税制改革 要項解説」改訂増補版附録収録 昭和24年10月20日 という雑誌だ。

今回はシャウプ勧告の言う付加価値税と現在の欧州付加価値税との違いをどのようにイメージしたらよいか、素人なりに考えをまとめてみたい。

 

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監修は大蔵省主税局 副題として「資産再評価と法人課税」「納税者の権利と税務行政」と表紙に並んでいる。

財団法人大蔵財務協会は1936年に創立された大蔵省の外郭団体で、現在一般財団法人大蔵財務協会へと移行している。

このファイナンス・ダイジェスト誌はOPAC検索によると1947年に第一巻が創刊発行されている。当時から新法令などの解説を法令作成担当の官僚が詳解、解説するために原稿を書き、もちろん原稿料も受け取り、新施策の理解と普及をはかるのは通例となっていた。目次にも現役の官僚がずらりと肩書付きで名を連ねている。

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  この雑誌はB5版222ページのシャウプ勧告の特集号であるが、官僚の執筆は65Pまでとなり、67ページからがシャウプ使節団日本税制報告書の全文となっている。勧告当時配布された原本は、白表紙の4分冊の軽装版で背が黒いテープで製本されていた。このファイナンス・ダイジェストの別冊特集号は、いち早く市販され多くの国民に購読されたと思われる。次の画像は67ページから始まる報告書のタイトルページになる。この似顔絵を紹介したくて画像にしました。シャウプの東京でのサインも書かれています。

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この報告書の中で付加価値税は、第十三章その他の地方税のA節、事業税の部分で勧告がなされている。この事業税とは地方税であり、都道府県独立税と規定されている。課税対象者は法人個人の事業者である。

報告書の地方税の部分を書いたのは、ハワード・R・ボーエン:イリノイ大学商業・経営経済学部長。

勧告のなかから抜萃をする。「事業税は消費者に転嫁されないものとされているようである。事業税が純所得に課せられているという事実は、事業主は全額を負担すべきものであるという趣旨を示すにほかならない。純所得税というものは、非転嫁性のものと考えるのが普通である。」

このようにシャウプ使節団の意図する付加価値税は、現在の欧州付加価値税とは課税対象者も課税標準も全く異なっている。担税者は事業者であり、事業者による直接税である。課税標準は、「利益と利子、賃貸料および給与支払い額の合計である。別の表現で定義すると、全収入から資本設備、土地、建物等他の企業からの購入の全額を差し引いたものがそれである。」と定義している。

この1949年時点ではまだフランスの付加価値税は成立していない。当時欧州では売上税、取引高税や生産税、イギリスの仕入税などが制度化されていた。これら流通税が消費者に転嫁される間接税の形を持つことは言うまでもない。

しかしこのシャウプ使節団の付加価値税は、その後の日本で法律上存在していも実施はなされていない。(昭和29年の税制改正案で付加価値税は終止符)勧告当時のこの雑誌の目次の画像の「地方税制はどう変わるか」の対談ではすでに以下の様に論じられている。

原「今度の事業税はむしろ取引高税の変形だという色彩が強い。」

荻田「流通税ですか」

原「まあそこに転嫁を大体予想しているでしょう」

細田「扱った所得税が、税務署間において不均衡があるということは聞いているし」・・・「圧力なり権力なりによってうまくいかないことがある場合ですね」

原「報告書の地方税のところは・・・その理想主義が実に強く出ている考えようによっては気持ちが若すぎるという点があるかも知れないけれども、大したものだと思う。・・・政治的な反発がどこまでそれを打ち消してゆくか、またそれが活きて行くかという問題ですね。」

シャウプの理想的な地方税の精神は別として、付加価値税はこの時点から流通税として消費者に転嫁されるものという意識が強く働いている事が分かる。また取引高税のような「段階が重なるにつれ累積課税になって行く不合理を直したかっこうだという見方もできる」と付加価値税の仕組みの進歩性も認識されている。

 大蔵省税制課長の原純夫氏は37Pの「地方税の解説」の中でこう述べている。「資本設備費用を控除する点は、年々の償却額を控除する代りに、当初の年度においてこれを一括控除する趣旨であるが、この要素があるために、右に定義された付加価値は、完全に正確には当該企業で付加された価値そのものを反映するとは言えない。・・・実際問題として、行政上相当の困難が生ずることが予想される。」

このシャウプの付加価値税に対して大蔵省主税局長の平田敬一郎氏は17Pの「総論新税制の方向」の中でこう述べている。「こういう税はまだ世界のどこの国においても行われていない税であるが、売上税に関するアメリカにおける研究の結果、最近学会において唱えられている一つの課税形態であって、国税としての取引高税の廃止に対応して、府県税として新しい事業税が設けられたことは、実際上、理論上興味深い点である。」

付加価値税は日本でのこれらの出来事があった後、「インボイス」という道具を使って欧州で現実に実施がなされる。しかし現在欧州ではインボイス票を悪用した「カルセール・スキーム」という脱税スキームの存在によってさらなる制度の変革が求められている。

何やら日本の消費税制度は、アメリカの大学者により一番早くスタートラインに立たせてもらったのにも関わらず、今や周回遅れの取り残されたランナーになっているようです。